この週末TVジャパンで石原裕次郎特集があって、中学生の頃、日活映画がいがった「総天然色」なんてバーンって画面に出んだ。ってそんなことを言う叔父を笑ってた自分を思い出したりしてた。同じ頃、叔父は危篤だったんだね。子供達を無事送り出した頃を見計らっての叔母からの電話。伝える方も辛いよね
— 風信子 (@studiohyacinth) 2017年11月13日
叔父は石原裕次郎っぽく生活も豪快なところがあって、叔母は苦労もあっただろうと思う。それでも私が叔父を嫌いではなかったのは、「男気」がある人だったからではないのかな。叔母の生き方は、今の時代には流行らないのかもしれない。でも、私には愛おしい。
— 風信子 (@studiohyacinth) 2017年11月13日
私の顔が潰れた時、信子がかわいそうだと叔父が涙を流したと聞いて、父が亡くなった今、私をいつまでも小さい女の子扱いしてくれる人は叔父しかいないと涙が出たことがあった。そんな叔父が逝ってしまった。私の日本はまた遠くなったと思ったら、俺たちがいるよって。従兄弟の一言。ありがとうね。
— 風信子 (@studiohyacinth) 2017年11月13日